〜まだ誰も来ない、見本の茶屋〜
皆さんこんにちは、夢の街物語 第11回です。
【はじめての方へ|このシリーズについて】
「夢の街 Storyscape」は、WALLEVEで実際に起きた制作や試行錯誤を、「夢の街」という架空の街の現象へ置きかえて綴る短い物語シリーズです。
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今回の語り手は、街の案内人「ユメミ」です。
長く続いた夜祭りが、ようやく幕を下ろしました。
その翌朝、Walleveスタジオを訪ねると、わんこが大きな地図を広げていました。指先にあるのは、街のはずれに残された、名前のない余白です。
「ここに、茶屋を一軒建ててみたいの」
「誰かが、来るの?」
わたしがたずねると、わんこは首を横に振りました。
「まだ、誰も来ないわ。これは見本の茶屋。どんな店を建てられるのか、まずは自分たちの目で見てみたいの」
名前は「とまり木」。旅の途中で羽を休める小鳥のように、ふらりと立ち寄れる場所。そんな茶屋を、わんこは思い描いていました。
けれども、最初の材木を前に、わんこは手を止めました。
「わたしひとりで建てないほうが、きっといい」
まもなく、石畳を蹴る軽やかな足音が近づいてきました。ルーです。
ルーはわんこの話を聞きながら、指先で空中に四つの銀色の枠を描きました。店のいわれ。品書き。灯りをともす時刻と、ここへ続く道。そして、たずねごとを受け取る小窓。
「ひとつずつなら、迷わない」
ルーがそう言って最後の線を結ぶと、四つの枠は一枚の光の図面になりました。
その光を見てやってきたのが、街の工匠、ガクです。使い込んだ大きな木の定規を肩にかけ、銀色の鞄を足元に下ろしました。
ガクは光の図をひと目見ると、ニッと笑いました。
「お嬢、いい図面だ。よし、任せとけ」
鞄が開くと、あらかじめ形の整えられた、大小さまざまな板が銀色の光を帯びて飛び出しました。ガクがそれらを図面に合わせ、叩きハンマーを振るうたび、カチリ、カチリと茶屋の形が街に留められていきます。
そこからは、小さな建築の繰り返しでした。一つ組み上げては、みんなで少し離れて眺めます。
「ここは、もう少しあたたかい色に」「品書きは、もう一段下がいい」
思い描いた温もりは、なかなか形になってくれません。窓の大きさが違う。壁の色が寒すぎる。看板を掛けると、今度は入り口が窮屈に見える。
それでもガクは、茶屋すべてを崩したりはしませんでした。合わない壁なら、その壁だけ。低すぎる棚なら、その棚だけ。ルーが書き直した光の線を追い、残した場所に手を添えながら、小さく作り直していきました。
日が傾くころ、四つの区画は、ようやく一軒の茶屋になりました。
その夜、ルミナが広場で背の幕をひらきました。琥珀色の光が壁を満たし、そこに「とまり木」の姿が映し出されます。
窓には小さな灯り。扉の奥には、あたたかな湯気。見本にすぎないはずの茶屋が、そのときほんの少し、呼吸をしたように見えました。
「まだ、どこにもないお店なのに」
ルミナは胸の灯りをそっと押さえました。
「なんだか、いとおしいですね」
わんこは答えず、壁の茶屋を見上げていました。その横顔には、朝の地図の前にあった迷いが、もうありませんでした。
茶屋は、まだ客の数を知りません。実りを数えることもできません。けれど、空白だった地図には、小さな屋根の印がひとつ残りました。
願いを光の図面に変える手。建物を街に留める手。灯りの中へ映し出す手。どの手も、同じものをひとりで抱えてはいませんでした。
広場からの帰り道、新しい通りの石畳が、カチリと音を立てました。
振り返ると、まだ誰も来ない茶屋の窓に、小さな灯りがともっていました。いつか、まだ名前のない誰かが、この通りを見つける日のために。
――夢の街の案内人 ユメミの記録
今回の“もと”になった出来事
今回の物語のもとになったのは、「主夫の道具えらび」第11回と、「walleve実測」第11回で取り上げた、架空の喫茶店「とまり木」のホームページの見本づくりです。いきなり本番の依頼で試さず、実在しない店を題材にして、まず作り方を確かめました。ページは「店の紹介・品書き・営業時間とアクセス・問い合わせ」の四つに分け、合わない部分だけを小さく直しています。
物語では、わんこが願いを言葉にし、ルーが四つの枠を光の図面に変え、街の工匠ガクがその図面から茶屋を組み上げます。そして、できた見本をルミナが映し、ユメミが記録します。誰かひとりがすべてを抱えるのではなく、それぞれの得意な手を繋いで、まず一軒を形にした話です。
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