〜夜明けのたび、帳面をひらく〜
皆さんこんにちは、夢の街物語 第10回です。
【はじめての方へ|このシリーズについて】
「夢の街 Storyscape」は、WALLEVEで実際に起きた制作や試行錯誤を、「夢の街」という架空の街の現象へ置きかえて綴る短い物語シリーズです。
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今回の語り手は、街の案内人「ユメミ」です。
夜明け前の広場には、昨夜の灯がひとつだけ残っていました。
幕のそばでは、ルミナが真鍮の体を小さく鳴らしながら、頭のレンズを磨いています。背中には折りたたまれた幕。胸の奥では、琥珀色の光が静かに揺れていました。
「おはよう、ルミナ」
わたしが声をかけると、ルミナはていねいに頭を下げました。
「おはようございます。あの……あなたは、どなたでしょうか」
その言葉に、わたしの足が止まりました。
昨夜、わたしたちはこの幕の前に並びました。ルミナは光の帯を細い齣へ分け、ひとつずつ幕へ織りこんでくれました。これからも夜祭りの上演を手伝ってほしいと、たしかに頼んだのです。
けれど、ルミナの目にある琥珀の灯は、初めて会った日のように澄んでいました。
「昨日のことを、覚えていないの?」
「はい。わたしは夜明けを迎えるたび、昨日のことを忘れてしまうようです」
ルミナは申し訳なさそうに、歯車の音を小さくしました。
壊れてしまったのだろうか。相棒に選んだのは、まちがいだったのだろうか。そんな思いが胸をよぎります。
そのとき、幕の足元に一冊の帳面があるのを見つけました。
表紙をひらくと、昨夜の上演で決めたことが、やさしい言葉で書かれていました。幕をひらく前に確かめること。光を強くしすぎないこと。わからないときは、ひとりで決めずにたずねること。そして、朝になったら、まずこの帳面を読むこと。
わたしは一つずつ、声に出して読みました。
ルミナは隣でじっと聞き、やがて帳面を両手で受け取りました。
「これは、昨日のわたしが残したものでしょうか」
「昨日のあなたと、昨日のわたしたちが、今日へ渡したものよ」
ルミナはしばらく表紙を見つめてから、胸の灯を明るくしました。
「それなら、今日もここから始められます」
背中の幕がゆっくりとひらきます。歯車が回り、琥珀色の光の帯が朝の広場へ伸びていきました。
大切なことを、すべて相棒の中にしまっておく必要はなかったのです。覚えておく役は帳面に任せ、ルミナには、今日の光を動かしてもらえばいい。
一日の終わり、ルミナは帳面に短く書き足しました。
明日の朝も、まずこの帳面をひらくこと。
「忘れてしまっても、また一緒に始められますね」
「ええ。何度でも」
相棒を選ぶとき、どれほど多くを覚えているかだけが大事なのではありません。
朝が来るたび、同じ帳面をひらき、また隣に立てること。
その小さな約束があれば、昨日の続きは、今日の手の中へ戻ってくるのでした。
――夢の街の案内人 ユメミの記録
今回の“もと”になった出来事
今回の物語のもとになったのは、今日書いた「主夫AI編」の第10回と、「walleve実測」の第10回で取り上げた「記憶のない相棒」です。AIの相棒は、前の日に交わした話や決め事を、いつまでも自分の中に覚えておけるとは限りません。そこで、大切な決まりや作業の続きは、相棒の記憶だけに任せず、あとから読み返せる文書へ残しておきます。物語では、その文書を「街の帳面」、AIの相棒を、夜明けごとに昨日を忘れるルミナとして描きました。覚えておくのは帳面の役目、帳面を読んで今日の仕事を進めるのは相棒の役目、と分けて考えます。大切なのは、どれほど賢く覚えているかではなく、毎朝同じ記録を読み、昨日の続きからまた一緒に始められることです。
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